シューベルト:冬の旅
プライ(ヘルマン) コロムビアミュージックエンタテインメント コロムビアミュージックエンタテインメント シューベルト
おおらかな冬の旅があってもいいじゃないか
私は、ドイツ・リートが嫌いだ。特に、フィッシャー=ディースカウの考え抜かれた思考と技巧には辟易してしまう。
彼の絶対音楽に対峙するようなやり方では、最終的には論理と歌詞が相入れないことになってしまうのだ。考える程に支離滅裂具合が増してるように思う。
彼の録音ならば、未だ試行錯誤中といったショスタコやライマンあたりは楽しめるのだが…。
閑話休題。ビアンコーニとプライの当盤は『合わせの段階では2人でいろいろ考えたんだけど、ま、いいか。フツーに弾いちゃえ歌っちゃえ♪』的な自然体の演奏。
「いろいろ考えたあとのフツーに」ってのが案外難しいんですよね〜。これに比べたらプライの旧盤(ピアノはサヴァリッシュ。なお、エンゲル盤は未聴です)は、フツーにやろうとしたのにギコチナクなってる感じがする。
おおらかで自然体とは言っても、曲が曲だけに、太陽が3つに見えたりする不健康でビョーキ的、被害妄想(監視妄想?追跡妄想?→誰も見てないってばよ)的ムードも充分に出てます。
この辺は図らずもシューベルトの天才性が浮き彫りになってますね。
そんなこんなで歌謡曲的に楽しめる仕上がりになっております。ので。ドイツ・リート嫌いな方にオススメです。
辿り着いた『ライアー回し』のシンミリ具合が本当に素晴らしい!!
色調はパステルで明るいのに、全曲が終わると部屋中が寂しさに包まれる…。
暖かいまなざしを感じる「冬の旅」です。
シューベルトの音楽を一言で表現するとしたら、「孤独」(しかも、救いようの無いほどの・・)と私は言いたくなります。透徹した孤独感と言いますか・・甘えが無いと言いますか・・。寂しいから本当はそばに居て欲しいのだけれど、拗ねて独りで居る、などというのではなく、独り遊びのできる子どものような、ある意味で仲間を拒絶するような、孤独の境地で遊んでいるかのような・・孤独を感じます。ですから、「救いようの無い」というより、「救いをさえ必要としない」孤独と言った方が良いかもしれません。
そうした、音楽の世界をプライは暖かく見守るように歌います。これが3度目の録音だそうです。相澤昭八郎氏の「解説」によると「プライの『冬の旅』は、恋に破れた若者の心情を歌って切々と胸をうつが、決して我を忘れた感情移入ではなく、どこかで哀しい若者を見守る優しい目を感じさせる。若者自身が悲しみを訴えるのではなく、若者を見ている第三者をプライは歌っているのだ。・・」とあります。実際、聴いて、そのとおりのように私は感じます。
もしかすると、勝手な想像ですが、シューベルト自身欲しかったのは、そのような暖かいまなざしだけだったのかもしれません。
シラーとゲーテの詩によるシューベルト歌曲集
プライ(ヘルマン) EMIミュージック・ジャパン EMIミュージック・ジャパン シューベルト
ベートーヴェン:歌曲集
プライ(ヘルマン) EMIミュージック・ジャパン EMIミュージック・ジャパン ベートーヴェン
モーツァルト:歌劇《フィガロの結婚》 [DVD]
フィッシャー=ディースカウ(ディートリヒ) ベーム(カール) ユニバーサル ミュージック クラシック ユニバーサル ミュージック クラシック ベーム(カール)
高価すぎます
私はLDで見たことがあります。
「お気に召すまま」さんの言うとおり、映画仕立ては完全に失敗です。
安易な構成だと思いました。
それに、人気のあるオペラなのですから、もっと安くても採算とれるのではないでしょうか?
30年前の感激がふたたび
確か30年前頃にNHKのお正月特番で放送された作品だったと思います。当時は家庭用ビデオもなく、プライやディースカウの大ファンだった私はせめて音楽だけでもと、テレビにコードを繋いでカセットに録音した記憶があります。ドラマのような斬新な演出にもびっくりで、テレビ画面を食い入るように見つめていました。以来もう一度観たいと思い続けていた作品に再会できた感激は例えようもありません。もちろん特殊な演出ですので、通常のオペラとはずいぶん違っている事に違和感を覚えられる方も多いとは思いますが、今は亡きプライのチャーミングな表情やディースカウの文句なしの歌唱力を目の当たりにできるだけでもファンにとっては一見の価値は十分あると思います。
ウィーンフィルの音色を心ゆくまで堪能
この作品ほど、ウィーンフィル向きの音楽もそうはないと思いませんか?実際、CDでもウィーンフィルによるこの曲の演奏はいくつも出ていますが、残念なことに、このオーケストラの魅力がむしろ指揮者の個性によってうち消されてしまっているような演奏が多いように思われます。その点、このDVDで聴ける演奏は、隅から隅までまさにウィーンフィルならではの魅力的な音色!ああ、素晴らしきかなウィーンフィル、素晴らしきかなベーム!!もちろん豪華な歌手陣や凝りに凝った演出も、まさに完璧な『フィガロの結婚』のディスクといえます。
いまいち・・・・
ヘルマンプライのフィガロとフィッシャーディスカウの伯爵は聴きごたえがあった。ただ、舞台録画ではなくまるでテレビドラマみたいな構成にがっかりした。
最高の豪華陣だが、失敗作
以前は廉価版だったが、再発売で大幅値上げになった。本編は、ベームにウィーンフィル、最高の歌手陣、天才演出家ポネルの手になるが、残念ながら失敗作である。その理由は、舞台ではなく、セットを組んで撮影する完全な映画版にしたことにある。もっとも重要な部分で、画面の歌手が沈黙しているのに(別途録音した)歌が流れ、さまざまな映像が映し出される。例えば、第二幕冒頭の伯爵夫人のアリア(カヴァティーナ)では、キリストの像が、第三幕の伯爵夫人のアリアでは、結婚直後の幸せだった「二人の光景」が映される。第四幕、フィガロのアリアでは、女を信じて苦しむフィガロとそれを笑って突き放す「二人のフィガロ」が同時に映る。つまり、舞台の上の歌手ではなく、回想を含む「心象風景」を映像化しているのだ。
オペラでは生身の歌手が舞台で歌い、我々の想像力が、心象風景をさまざまに描き出す。そこにオペラの生命があるのに、その一番肝心な部分を、本編では、映像が勝手に代行している。映画は時空を越えた光景を自由に描けるが、それはオペラとは異質の原理を持ち込むことでもある。
マーラー:交響曲第8番
インバル(エリアフ) コロムビアミュージックエンタテインメント コロムビアミュージックエンタテインメント インバル(エリアフ)
マーラーの理念に忠実な演奏
マーラーの音楽は映画である。そういったのはインバルだが、正に8番はその性格が強い。
まるで写実絵画のような緻密正確な演奏である。聴き手にファウストの魂を救う場面を想起させる緊張感と美に徹した演奏。特に神秘の合唱からのクライマックスは全ての人の罪を救済させるに相応しいゆったりと重厚で劇的な終わり方であり、他盤のそれが物足りなくなってしまうほどである。ただソリストはショルティやクーベリック盤に負ける。
宇宙
大編成オケ。合唱・独唱。長大。独特の内容。自ずとインバルの持ち味は全集中もっとも端的に生かされ、正確な計算、緊張の持続、何より楽曲への溢れる理解と表現の緻密さは比類がなく、とくに最後の四行に至る部分、地上の祈りが遂に‘宇宙’を満たし鳴動を始める描写(8番の象徴)は、インバルの理解と統率力の成果として今でも他の盤を寄せつけない圧倒的説得力をもつ。
超廉価な当盤は解説が薄く、歌詞・対訳も付かないのが惜しい。
成功例・失敗例の落差の凄まじい当全集は、インバルの転換点でもあったのだろう。例えばその後ベルリオーズの「レクイエム」でも、インバルは当盤同様歌入りの大曲を鮮やかに統率する。
マーラー解釈の古典的名演
歌もの交響曲として評価の高い交響曲8番『千人の交響曲』。
マーラーは、指揮者としてはオペラに携わることが多かったが
作曲に関してはオペラよりも交響曲で大成した。
しかし歌もの交響曲を聴いてみれば、交響曲2番の時点で、
声を欠かせない要素として重要視していることが簡単に分かる。
その後、3番、4番と歌もの交響曲は続いていくことになり、
8番、10番、さらには「大地の歌」まで加えると
実に6曲もの交響曲に歌を入れているのである。
こういった一連の流れの集大成と呼ぶべき交響曲が
この8番であるといっておそらく差し支えないだろう。
これに続く歌ものも確かにあるが、それらにあっては
8番という一つの区切りを感じずにはいられない。
集大成と呼ぶにふさわしい8番は、
マーラー自身によって初演され演奏者は1004人に上ったという。
正に『千人の交響曲』だったようだ。
エリアフ・インバルの指揮は非常に難解な曲を解きほぐし
誰にでも分かりやすいように演奏している。
演奏当時は革新的な名演として多くの賛同を得たが、
時代の流れの中、マーラーにも新しい解釈が出てきた。
今こそこの音源を聴きなおしマーラー新時代に備えようではないか。
インバルならではと思わせる一枚
この第8番は千人の交響曲といわれるほど、壮大劇的な作品です。他の指揮者が壮大、劇的な解釈で演奏しているのに対し、インバルは、彼らしく、その壮大さに隠れてしまっている、マーラーのこの曲の真意を引き出しているように思えます。そして、非常にクールに仕上がっています。バーンスタインやアバドの録音に慣れた耳には物足りなさを感じてしまいますが、これはこれでマーラーへの新しいアプローチだと思います。
あと一歩のところ。
まず、このCDは第一部と第二部の2つのトラックから構成されている。非常にありがたくない。50分を越す第二部も1つのトラックでぶっ通して聴くしかない。肝心の演奏のほうは、合唱が少し弱く、オーケストラのほうが目立っているし、ソリスト陣も少し力不足である。ただ、第二部のラストは結構いい出来だと思う。値段も安い。
シューベルト:歌曲集「美しき水車小屋の娘」
ビアンコーニ(フィリップ) プライ(ヘルマン) コロムビアミュージックエンタテインメント コロムビアミュージックエンタテインメント シューベルト
シューベルト:夜と夢~さまざま
プライ(ヘルマン) マーキュリー・ミュージックエンタテインメント マーキュリー・ミュージックエンタテインメント シューベルト
ブラームス:4つの厳粛な歌、ドイツ民謡集より
プライ(ヘルマン) EMIミュージック・ジャパン EMIミュージック・ジャパン ブラームス
フンパーディング:歌劇《ヘンゼルとグレーテル》 [DVD]
ファスベンダー(ブリギッテ) ショルティ(サー・ゲオルグ) ユニバーサル ミュージック クラシック ユニバーサル ミュージック クラシック ショルティ(サー・ゲオルグ)
若々しいグルベローヴァ
小さい子どものピアノ用小品で、時々「ヘンゼルとグレーテル」の曲のモチーフが出て来たり、間奏曲をオルガン演奏で聞く機会があったりして何かと気になる作品ではあった。
どう考えても楽しそうな作品! 確かに子どもも一緒に楽しめることだろう。
初めて鑑賞したオペラの『ヘンゼルとグレーテル』は、グリム童話の原作はどうだったっけ?と振り返りつつのひとときとなった。オペラでは継母ではなく実母であったり(そちらがオリジナルらしい)、お菓子の家のシーンが思ったよりも長くはなかったり。そして子どもさんびか『お星が光る』にそっくりな民謡風メロディも登場。
お菓子の家の前に立ち並んでいた大きなジンジャーマンのようなクッキーは実は魔法にかけられた子どもたちだった・・など、原作とは違うであろう解釈も楽しめた。
作品の楽しさとは別に、いわゆる庶民の貧しい生活がうかがい知れる。日本で言えば『おしん』や『楢山節考』にも同様な生活が描かれている、毎日どんなに働いても日々の生活や食料に事欠く暮らし・・。止むにやまれず親や子どもたちを口減らしのために見捨てざるを得なかったのは、万国共通であったのかもしれない。
それにしてもグレーテル役のグルベローヴァの若々しいこと! 収録年には30代後半であったはずなのに、かわいらしいグレーテルそのものなのだ。今春グルベローヴァの東京でのリサイタルに出かけた知人は「顔はおばあちゃんなのだけれど、声はしっかり娘でした。もう神の域でした!」と大絶賛。グルベローヴァの他作品もまだまだ観なきゃね♪ 指揮はショルティとウィーンフィル。お父さん役はヘルマン・プライ。
ブラームス:歌曲集「美しいマロゲーネのロマンス」 (2CD) [Import] (Brahms, Johannes: Die schone Magelone)
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